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2005年7月 9日 (土)

物書きさんに20のお題 // 09.ゴミ箱

人物設定;
主人公>>女子学生
相手>>クラスメート

 

 

■現実を逃避するモノ■

 

 

 失笑と嘲笑。
 膝丈ほどの高さのある青いゴミ箱の前で、立ち尽くす私に浴びせられる不快な笑い声。
「えんがっちょ」
 誰かがそう言った後に、その誰かの周りで爆笑が起こる。
 笑うな。死ね。
 私は獰猛な獣のように叫びだしたい衝動を抑えて、毅然とした態度を保つ。こいつらに泣いて媚び諂うのは、負けだ。
 腐った牛乳に浸された教科書やノートやペンケースの入ったゴミ箱を持ち上げ、私は教室から一番遠くの洗面所まで悠然と歩いていった。

 

 私に対する嫌がらせは、1週間続いていた。
 きっかけはほんの些細な事。
 体育でやったバスケットボールの試合中に、クラスで一番気の強い女子の顔面に、誤ってボールをぶつけてしまった。
 勿論、すぐに謝った。パスをしようとして、手元を狂わせたのは自分のせいだから。
 しかし、元来私は目付きが悪く、そして声が低くて小さい。
 多くの女子のように、かん高い声による同意も、崩れた日本語も使えない。
 休み時間はどこにも移動せず、自分の机で自分の家から持ってきた本を読む。
 私は根暗だと、周りから思われている自覚もある。
 だが、それだけではこの嫌がらせは発生しなかった。「イジメ」という言葉は、あいつらも元々好んでいないのだ。クラスみんなが仲のいい風を装いたくて仕方ないのだ。
 だからこれは、ほんの仕返し。
 ボールをぶつけた仕返し。
 その内におさまる。
 それまで私は、静かに仕返しを受ければいい。
 それで、いい、と自分に言い聞かせる。
 でも、あまりに過剰ではないか、という思いが私の中で沸々と湧きあがっていた。
 このように物質的な破損までされては、正直困る。
 洗面台にゴミ箱の中の全てを広げて、自分の物とゴミと分けながら、私は自分の頭に上る血を、どう静めようかと考える。
 目の前で罵詈雑言を浴びせられても、多少座っている机や椅子を蹴られても、何かにつけて小突かれても、我慢は出来た。それらは全て自分だけの物、もしくは全く自分の物では無い物の損害だから。
 しかし、教科書やノートは違う。これらは、私の両親が働いて稼いだお金で買い与えられた物だ。
 弟や妹の代まで使えたらいいと思っていたのに、完全に牛乳と水でふやけたそれらは、私の代でも最後まで持つかわからない。
 一通り、ゴミ箱もきれいに水洗いをして、私は一息吐いた。
 あいつらに対しての態度を、今のまま続けるべきか、改めるべきか。
 大きな溜め息を吐くと、ぼろっと目から涙が零れた。
 あれ?と思っている間に、涙は不思議なほどたくさん、目から零れ落ちていく。
 戸惑う私が、ハンカチをスカートのポケットから取り出す間にも、ぼろぼろと涙が垂れて、Yシャツや床にシミをつくる。
「泣かないでよ」
 ようやく取り出したハンカチで目元を押さえて、私は洗面台の前でしゃがみこんだ。
 顔が熱くて、頭が痛くて、胸が苦しい。
「ここで泣いたらダメ」
 教室から一番遠い洗面所は、自分以外に人の気配はない。
 それでも、自分の泣き顔を誰かに見られるのは、最大の屈辱だと私は思っている。
 さっき洗ったゴミ箱を持って、私は自分の頭に被せた。
 ひんやりとして、水の匂いと、少しだけ牛乳の臭いがするゴミ箱。
 青一色の小さな別世界で、私は少し落ち着いて、そして心おきなく声を上げて泣いた。

 

 

【end】

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