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2005年7月 8日 (金)

物書きさんに20のお題 // 08.オープンカー

人物設定;
主人公>>男
相手>>女の声

 

 

■俺の物だった彼女■

 

 

 よりにもよってこんな大雨の日に、コイツと別れ話をしなければならないのか。
 俺は陰鬱な気分を隠せず、停車した車の中で煙草に火を点けた。
「…ここでは煙草を吸わないって、言ったじゃない」
「もう別れるんだから、最後にいいだろう?」
 ふーっと煙草の煙を吐きながら、俺はひとりごちる。
 ヘビースモーカーの俺が、今の今まで一度もここで煙草を吸わなかったのは、本当にこいつを愛していたからだと思う。
 いまも、決して愛していないわけではない。だから、悔しいんだ。
「次の男はお前のいう事なんか全然聞かないで、好きなだけ煙草を吸って、灰をハンドルやシートに落としまくるかもしれない」
 俺が我慢してやらなかったことを、次の奴が平気でするのは気に食わない。
 何もかも、俺にとってもこいつにとっても、初めてなのはお互いが良かった。
「嫌な人ね、あなたって…」
 車の中に沈黙を嫌がるように、激しい雨音が鳴り響く。
 小さな灰を落として燃える煙草。
 溜め息で曇った窓。
 最悪だ、と思う。
 こいつに対する、俺の誠意が。
「窓、曇っているわ。拭いて?」
「…」
「ねえ、拭いてよ」
「…わかった」
 ドアポケットに常備している不織布を取り出し、俺は溜め息をつきながら拭く。
 この行為も、俺が事故らないように配慮しての事だが、今となれば車の中のある一定の秩序を乱されたくない、彼女の我儘だったのだと思う。
「考え直してくれないの?」
「何度も考えた結果の、答えだと思ってる」
「私は、あなた以外の人なんて考えられない」
「そんなこと言うなうよ。俺よりいい奴は、他にたくさんいる」
「そうかもしれないけど…それでも、私はあなたがいい。他の人なんて、怖い」
 ああ、そういう人見知りなところが好きだったんだ、と思い返す。
 はじめてこいつに会った時は、こいつのボディに一目惚れした。一緒にいるようになってからは、簡単に人のいうことを聞かない扱い難さに釘付けされ、慣れてからは俺のいう事しか聞かない優越感に浸っていた。
 でも、俺たちは長く一緒に居過ぎた。
 俺はいつのまにか、こいつに対する欲望や魅力が、無くなってしまった。
 愛着はあるけど、新鮮さがない。
 俺はまだ若い。だから刺激が欲しい。
 こいつから与えられる刺激には、もう十分に慣れてしまったのだ。
「俺はいままでずっと、お前のいうことを聞いてきたんだ。最後くらい、俺のいうことを聞いてくれ」
「本当に、私たち別れるの?」
「ああ」
「…泣いてやる」
「いいよ」
「止めないの」
「最後だから。構わないよ」
 覚悟を決めた俺に、「そうね、これが最後だから」と答えたその声は、少し嬉しそうだと思った。
 車全体からギシギシと機会音が響いて、車の屋根が持ち上がる。
 どしゃ降りの雨が、隙間から滝のように流れ込んでくる。
 頭のてっぺんから膝まで、屋根が畳まれた今、雨を遮る物は何も無い。
 これで、本当に終わりだ。
 シートにもカーナビにもスピーカーにも雨水は分け隔てなく染み込んでいく。
「さよなら」、と聞こえたのは気のせいか。
 ますます大きくなる雨音が、全ての音を奪っていた。

 

 次の日、俺は車を手離した。
 それ以来、彼女の声は聞いていない。

 

 

【end】

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